先日、夫がスマートフォンを無くしました。どこかに落としたようです。自分に置き換えると、かなり不便、ちょっとした調べもの、道案内や乗換案内、天気、目的地での飲食店情報、人との連絡など、日々なんと依存していることか。

私が携帯電話を持ち始めたのは大学生の頃だったでしょうか。それまではなくても生活していたのに、特にスマホを持ち出してからは、この持ち運び用小さなパソコンというべき小さなものがなくてはならないものになっています。

話を今に戻します。もともと、そんなに連絡を取り合うわけではないのに、落としたと聞いたとき、「困るな、連絡取りにくいな」と思いました。

夫のスマホのない生活も約1週間になろうとします。

連絡が取れないので、ますます連絡は取りません。夕食を家で食べると聞いていたのに、飲み会が入って食べていない日もありました。以前なら、連絡くらいしてよって思う出来事でしたけど、腹も立たなかったです「帰り道に〇〇買ってきて」とお願いメールもできませんが、本当に今すぐ必要なものなのか、一呼吸置くと、そうでもないことに気づきます。スマホを介して気軽に連絡が取れると、相手との距離が縮まりすぎるのかもしれません。

夫のスマホがないだけで、日々の暮らしの行間が増え、ゆとりが増え、何かを想い今をたのしむ時間ができたようです

効率だけに目を向ければ失うものは大きい
毎日をとても豊かにするものは目に見えない
むしろ社会の中では軽視されているかもしれない

そんなことに気づいたできごと

そして
一歩立ち止まる時間がもたらす豊かさに、気づいているだけでも幸せかもしれない
そんな風にも感じたできごとでした。

 

[執筆者]
みわ ともこ

[プロフィール]
夫と小さなこどもとの3人暮らし。元ソーシャルワーカー、子育て楽しみ中。アラフォーママのための、こころとからだをケアするサロンあろままlife with aroma主宰。自然の恵みをめいっぱい感じながら、誰もが今より楽な気持ちで暮らせるあたたかな社会を。