ケアでひろがる、ケアでつながる 支えあいの情報モール HELP ON HELP

青木真兵さんは、私設図書館の運営、就労支援のスタッフ、大学の非常勤講師と何足ものわらじを履く。

青木真兵さん(以下、青木さん)は、埼玉県出身で、大学院進学と同時に関西に移住した。大学院では、古代地中海史を専門に学び、博士後期課程を修了した。その後、持病の悪化や都市的生活への違和感をきっかけに奈良県東吉野村への移住を決意し、社会福祉法人ぷろぼのITセンター榛原(就労移行支援と就労継続支援B型を行う多機能型事業所)においてスタッフとして働きつつ、自宅にある書籍を他の人に読んでもらいと考え、私設図書館ルチャ・リブロ(以下、ルチャ・リブロ)を開設した。

 

・教育への疑問と思い

高校や大学で受けてきた偏差値を上げる、いい企業に就職するという教育に対して、大学院時代や修了後に教育に関わる中で疑問を持つようになった。高校・大学が行う教育と社会が求める教育に大きな乖離があると感じるようになった。本来、教育とは、ある人の可能性を引き出し、その人が持っている能力や才能をさらに開花させることではないか。つまり、エンパワメントのような感覚に近い。そんな空間を作りたいという思いから、ルチャ・リブロを開設した。

 

・ルチャ・リブロの開設

奈良の東吉野村で図書館を開設したのには、いくつか理由がある。まずは、自分たちの考えをシェアできる人、ネットや広告で図書館を探し、遠路遙々来てくれた方に、自分たちの本を共有することだ。それによって来館した人と対話できたり、一緒に考えたりと、より深みが出てくると考えた。また、人文系の学問の重要性を訴えることも一つである。人文系の存在価値が問い直されている今だからこそ、“人文系私設図書館ルチャ・リブロ”と名付けた。人文系の本を通じて、自分のことを考えたり、見つめなおしたり、自信をつけてもらえればと考える。そして、図書館が価値観について考える場であることも大きな理由である。現代において、価値にこだわる人が多いが、価値観は時代によって、常に変わるものである。役に立つ・役に立たないという価値だけで、物事を決断することに、疑問を持つことも大切ではないか。

 

・内田樹先生との出会い

 神戸女学院大学の名誉教授であり、武道家、思想家である内田樹先生から、今でも大きな影響を受けている。図書館の運営をする上でも、多くの本や本棚が内田先生から寄贈された。先生から教わったことも多くある。「自分がどのような資源(リソース)を持っているか把握し、それを最大限活かすべし」との教えは特に印象に残っているそうだ。その言葉が、ルチャ・リブロやぷろぼの、非常勤の大学講師など何足ものわらじを履く理由である。

 

・合気道というケアへのアプローチ

ぷろぼのITセンター榛原は、就労移行支援と継続支援B型を行う多機能型施設であるが、特徴的な取り組みとして「合気道によるからだづくり」を行っている。この取り組みにも青木さんが大きく関わっている。大学院生の頃から、内田先生の影響を受けて、合気道を始めた。合気道の動きが精神障害を持つ方のケアに役立つと考えた。合気道の動きの中で重要である、考えすぎない、正面を意識する、他人の動きを観察し真似る、流れに乗るなどのポイントはそれを学ぶことによって日常生活に反映される。実際、どれだけの影響を与えているか測りにくい部分もあるが、利用者の方の中にも、呼吸法など合気道のプログラムで学んだことが日常生活でいきていると話す人もいる。このように今までに無かったケアをこれからも考えていきたい。

 

・これからの取り組み

人文学を勉強するに当たって、「問い直し」や「そもそも」という言葉を大切にしている。既存の社会において、枠の中で生きていこうと無理しすぎる人も多い。時には、フレームを外して考え、既存の社会の矛盾を問うことも必要ではないか。自分自身もこれまで研究して来た「人文学」を通して再考したい。社会に生きづらさを感じる人も多くいる中で、頑張るけど頑張りすぎない、心が折れた時、しっかりリカバリーしてくれるような社会を作りたい。

 

・ケアに関わる学生へのメッセージ

福祉の種を撒いて欲しい。今後、福祉の専門家はもちろん、福祉の専門家以外が普段の生活や仕事の中で、いかに福祉の考え方を取り入れていくかが重要である。まだまだ福祉が充実していない分野も多く存在する。それぞれが多様な取り組みを行う中で、弱い立場の人のことを少しでも考えることが新たな発見や展開に繋がるのではないか。

 

執筆者]

松田寛史

 

[プロフィール]

関西学院大学人間福祉研究科兼国連外交コース博士前期課程1年。ストリートチルドレンや難民の子どもたちに関心を持つ。「元ストリートチルドレンへのケアの実際と可能性—フィリピンの児童養護施設カンルンガンを追ってー」を卒業論文として執筆。

 

*内容は2018年2月の取材当時の情報です。写真は、2018年6月現在所属の八木事務所にて撮影。