「ケア×演劇」交わることのなさそうな二つの言葉。その二つを巧みに交わらせる佐藤拓道氏。彼の演劇とケアへの熱い想いを取材した。
佐藤拓道さんは、一般財団法人たんぽぽの家で働いて5年になる。現在は、サービス管理責任者として、個別支援計画作成や面談、他事業所との連携などを行なっている。また、全体を見る立場としても、他のスタッフと連携を取り、たんぽぽの家の利用者(以下、メンバー)の普段の生活や施設でのより良い暮らしをコーディネートする。そして、ご自身も役者として活躍され、たんぽぽの家では、メンバーへの演劇指導を行っている。そんな佐藤さんにとっての「ケア×演劇」について、話しを聞いた。
・ケアと演劇の共通点は、「人を観察するところ」
午前10時過ぎ、メンバーが集合し、「朝の会」が行われる。全体で行うミーティングや準備体操の時間は、メンバー全体の様子に気を配る時間でもある。人が多く集まる場面では、些細なことをきっかけにメンバー同士のトラブルにつながる。以前にもメンバー同士が言い合う場面に発展してしまったことがあった。佐藤さんは、こういった場面において、演劇で培ってきたことが活きるという。演劇では舞台上にいる他の役者や自身の立ち位置を「俯瞰して見る」ことが必要な時がある。それと同様にケアの現場でもメンバー、スタッフが、今、どこにいて、何をしているのかを俯瞰しているという。メンバーの心理状況に応じた声かけは、演劇の思考が作用しているのだろう。佐藤さんの人を観察する力は、メンバーとの受け答えの一つ一つから感じるものがあった。
・演劇指導のポイントは、「演者の個性に合わせること」
「途中で笑っちゃダメだよ、真剣にやらなきゃ」佐藤さんの言葉がホールにこだました。この言葉に彼の演劇への思いが凝縮されていた。「普段はゆるゆるっとやっています、ただシーンのイメージが見えてくると、強めに言ってしまうことがありますね」と演劇指導後に笑顔で答えてくださった。すでにある演劇ではなく、メンバーの経験を活かした演劇を作りたいという。メンバーにとっては他者より自身の経験の方が演じやすい。そして、素敵な個性と経験を持っている。だからこそメンバーがこれまでに経験した事をうまく繋ぎ合わせて、形にしていきたいそうだ。メンバーには「真剣」に演技に取り組んでほしい。多少の間違いやアドリブが入るのは大歓迎だし、楽しんで取り組むことは大切な事。けれど、笑ってしまうことで雰囲気が崩れてしまうこともある。伝わりづらい事ではあるけれどメンバーにも分かってもらうように努力しているという。演劇への愛情と共に、メンバーへの愛情があるからこそ、彼は一生懸命ぶつかっているように思えた。
・ある人から言われた言葉、「もっとクレバーになれ」
両下肢に障害を持つ佐藤さんにとって、幼い頃は人前に出ることは嫌だったそうだ。高校卒業後、福祉の専門学校で演劇と出会う。演劇を始めた理由は、好きな女の子が演劇をやっていたことと、自分の身体を他人に見られる事を恥ずかしいと思う自分を変えたかったから。専門学校で、演劇の魅力を知った佐藤さんは、さらに演劇について学びたいと思うようになり、舞台制作の学校にも通い、そのうち名の通った劇団の作品にも参加するようになった。そんな中で、佐藤さんのロールモデルであり、『NODA MAP』の設立者である野田秀樹さんとの出会いがとても印象に残ってるという。足が不自由な佐藤さんは、障害のある身体で舞台表現とどう向き合うべきか悩んでいた。それを野田さんに話すと、「きみはアスリートである必要はない。その体を利用すべきだ。もっとクレバーになれ。舞台表現に国境はないからね。」と叱られたそうだ。障害があるだとか、ないだとか言い訳を作るべきではない。やりたいならただ、やればいいのだと思うようになったそうだ。
・ケアに関わる若者へのメッセージ、「何度でも行ったり来たりすればいい」
最後に佐藤さんは、これからケアに関わる若者にメッセージをくださった。人と接することは難しくて、しんどい。ケアに関わる人は、何度でも行ったり来たりすればいい。若い時には理解できないことも、歳をとれば理解できることもある。ケアに関わって、行き詰まったら、違う場所で働いてみてもいい。違う世界で様々な経験を積んで、またケアの現場に帰ってきたらいい。そうすることで、よりクリエイティブなケアの現場が広がると佐藤さんは考えている。
【執筆者】
松田寛史
執筆者の情報
同志社大学社会学部社会福祉学科4年生。国際福祉ゼミに所属。児童労働や人身売買に関心を持つ。現在は、「元ストリートチルドレンへのケアの実際と可能性—フィリピンの児童養護施設カンルンガンを追ってー」を卒業論文として執筆中。